2013年 4月 25日 (木)
棚ぼた
『棚ぼた』とは思わぬ品物が手に入る、労せずして物(お金等)を得ることなど得をする事です。 私はよく座談の時・お参り先の話や法話などにこの『棚ぼた』について話をいたします。
私が思うに、本来「棚ぼた」はないのではないでしょうか、仮にあったとしても、棚から落ちてくるぼたもちの下で手を広げその中にぼたもちが落ちてくる、それを手にする事はかなりの確率ではないでしょうか。
少なからずその下に行く、手を広げる、上手くキャッチする等の行動を起こさなければならない。すなわち努力を必要とすると思います。ただ、今した努力が結果として即現れるのではなく、後に大きな結果として現れると思います。それを、第三者が見ると、いかにも運よく手に入れたかのように思われ、やっかみもあってこのように云われるのではないでしょうか。
今日の新聞(大分合同新聞スポーツ面)にアメリカで活躍している『イチロー』選手が、レイズ戦でリーグ屈指の抑え投手『ロドニー』の160キロ近い剛速球を迷いなく打ち返し、チームに勝利を呼び込んだそうです。
そして記者の質問に「今日みたいな日が偶然降ってきたわけではない。それは自分でつかむもの。こういう日は待っているだけでは来ない」とコメントされています。以前から、『イチロー』選手は人一倍どころか何倍もの努力をされ、それも人の見ていないところでされていると云われています。だからこそ大リーグでこれだけの活躍をされるのだと思います。 それこそ「棚ぼた」とは、その人の見えない努力・行動の結晶だと思います。たぶん
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